おバカなSide stories♪◆◆◆vol.03
IN THE THEATER+++[01]
青葉が目にしみるカラリと晴れ上がった或る日の午後。そろそろうっとうしい雨続きの季節が始まろうとしているその日も、神崎駅前はいつも通りの賑わいを見せていた。
この近辺には高校や大学が建ち並び、若者達の格好の遊び場となっている。そんな駅前の一角にあるのは「神崎センタープラザ・シネサロン」と呼ばれる複合型のかなり大きな映画館。上映本数も多く、夜間の営業も行っているため毎日かなりの客が訪れる。加えて駅前というロケーションの良さも影響して待ち合わせ場所としてもよく利用されており、その風景はすっかり日常と化していた。

その映画館の前で人待ち顔の若い男が一人。肩にかかるくらいの金に近い茶髪で、見るからに柔らかそうな髪質のそれは時折拭いてくる初夏の涼風になびいている。
髪の色に加えて、184cmという長身と鋭い目つきが、傍を通り過ぎる幾人かの通行人の目を引いていたが、当の本人は慣れているのかそんな周りの視線など気にも止めない様子であった。

「さーてと、面白ぇことになりゃいいけどなっ…」
一人何やらつぶやきながら周りの景色を眺めている。

その時、そっとその背後から近づく影があった。しかし茶髪の男はその気配に全く気づいていない。次の瞬間、背後から突然伸びてきた腕はあっと言う間に男の首に巻き付く。ふいを突かれた青年がその異変に気づいた時、既にその腕はしっかりと自分の首を締め上げていた。

「ぅぐっ…!……っ!」
いいところへ決まったらしい。声も出せずにもがく茶髪の青年。その直後に彼の耳に入ってきたのは聞き慣れた覚えのある低い声。

「よ〜〜ぉ、涼ちゃ〜〜ん♪」

涼と呼ばれた茶髪の青年はその声に思わず目を見開く。

「お・ま・た・せ♪」

間髪を入れず耳元で囁かれた声に思わずゾクリと反応してしまう。
「……ぃ……っ!」



―――茶髪の青年の名は鳴神涼。市内の神崎高校に通う二年生だ。自己顕示欲と人の好き嫌いが激しい自称「天才」で、己の才能に呆れる程の自信を持っている。入学以来サッカー部に所属しており、傲慢すぎるほどの自信を裏付けるかの如くその脚力と瞬発力は目を見張るものがある。その上持ち前の毒舌に加えた眼光の鋭さ(目つきが悪いともいうが)はまるで誰かとそっくりだ。しかし、その外見とは裏腹に実は甘えん坊の気質があるという事実を知っている者は殆どいなかった―――



次の瞬間、涼は何とかその手を振り解いて振り向く。

「……っぷは―――っ!てめっ、何すんだよっ!はぁっ、もう少しでイクとこだっただろうがよっ…!!」

締められた感触の残る首を押さえつつ、振り向き様にその鋭い眼光を向けながら怒鳴りつける。激しい勢いときわどいセリフは傍を通りかかった数人が驚いた顔をして思わず立ち止まる程であった。
だが涼はそんな周りの様子など一向に構うことなく、粗い息を立てながら自分の首を締め上げた目の前の相手を睨みつける。やがてその様子に冗談とも思えない異様な雰囲気を察したのか、立ち止まった人々は慌てたように二人の傍から立ち去り始めた。

しかし目の前の毒づかれた相手だけは全く悪びれもせず咥え煙草のまま平然としている。むしろまるで予想通りといわんばかりのその反応を楽しんでいるかのようだ。

「おーワリィワリィ。あと5秒締めときゃ良かったな。んー、やっぱ身長同じぐれーの方がウマく決まるモンだ〜」
悪びれもせずカラカラと高笑い。
「なんならもう一回行くか?」

ニヤニヤしながらそう言葉を続けたのは、同じく毒舌と愛想の悪さでは涼といい勝負の壬生一であった。


しかしそのお気楽そうな態度に内心相変わらずだとウンザリしつつも涼はキッパリと拒絶の言葉を口にする。
「いや、遠慮しとくぜっ。それに、不意さえ討たれなきゃそんなことさせるわけねーしよっ。」
片や一もいつも通りの涼の反応に半ば呆れ顔だ。
「・・・ったくこれだから『自称天才』は・・・。思い込みが激しいっつーか・・・。」
そしてやれやれとため息をつく。

相変わらず放課後や休みの日はやっかいになっている叔父・京四郎の店を手伝わされている一。昨夜涼からの誘いの携帯メールを受け、珍しく数時間の休憩をもらって出てきたところだった。

「なんだよ、急に呼び出しやがって・・。オレぁなー、忙しいんだよっ、オメェと違って」
貴重な休憩時間を潰して来てやったといわんばかりの態度に今度は涼の方が呆れ顔である。
「嘘つけっ、カッコだけだろ?」
「あのな〜〜…。こう見えてもオレァ、勤労学生だぞッ」

一がアルバイトしているのは事実であった。神崎高校は学生のアルバイトにはかなり寛容な校風で、よほどの問題がなければ大抵のアルバイトは黙認状態である。しかし、さすがに身内の経営とはいえ飲み屋、しかも深夜まで営業しているバーとなると話は別だ。見つかればバイト禁止を言い渡されるのはもちろんのこと、下手をすると実家へ戻らなければならない羽目になるだろう。そのため学校関係者はもちろん友人にさえヘタに打ち明けられないというのが実情である。
にも関わらず、細身ではあるが身長183cmという長身の一は私服ならば二十歳過ぎと言っても全く違和感がないほどの体躯を誇る。その上持って生まれた気質と幼少時から実家の空手道場で父や叔父達に鍛えられたことで体力にはかなり自信があり、その辺りの素行の悪い連中にもそこそこ名が通っているほどだ。そんな一を預かる叔父の京四郎にとって、自身の長兄である一の父との不仲で家を飛び出してきた甥っ子は、小さいながらもそこそこ客の入りの良い店を経営する上で結構頼れる良い片腕となっているのだ。

しかし闇のアルバイトである故か、労働内容は正社員以上のハードさ。加えて経営者である身内の叔父の心一つでバイト料が上下するという待遇。アルバイトとしては過酷な状況としか言いようがない。それでも自宅で反りの会わない父親と毎日顔を合わせることに比べれば、兄弟のように育ってきた京四郎と一緒にいる方が一にとっては遥かに気が楽なのだ。
願わくばもう少しバイト代をサービスしてくれればもっと良いと思っているのだが。


涼には既に父親と不仲で家を出て京四郎の家に居候していることも、店を手伝っていることも話してある。一にとって、校外で会う約束をするほどの友人は数えるほどしかおらず、涼は数少ないそんな友人の一人である。そんな二人の出会いはこの春たまたま校内の学食で顔を合わせたことから始まった。


神崎高校の学生食堂に不定期に出現するイベント的な特別メニュー料理、総称して「神崎スペシャルメニュー」と呼ばれるその献立の中には、密かに「神崎ゲテモノメニュー」と呼ばれるとんでもない物が存在する。
一見すると何の変哲もない通常の料理。だが食材の組み合わせや味付けがムチャクチャなのだ。この食堂で働くおばちゃん達のお互いの料理の腕比べとしてオリジナル料理を作ってみたことから始まったと言うが、その真偽の程は定かでない。しかもこのメニューは注文したが最後、なにがなんでも完食せざるを得ないという暗黙の掟があり、こっそり残そうでもしようものならおばちゃん達の只ならぬ殺気を秘めた視線を浴びる羽目となるのだ。それは即ち今後学食での美味い飯には二度とありつけないということを意味している。
しかし無事完食した生徒もまた彼女達にマークされ、以後新作メニュー等の試食モニターとして強制的に新メニューを押しつけられる可能性が極めて高くなることは間違いない。

その学食で初めて顔を合わせ、たまたまお互いの食事を交換した二人。だがそれがどちらも「ゲテモノメニュー」だったため、楽しいはずの昼食は一転して壮絶な完食バトルへと発展してしまった。それは他の生徒が一切入り込めないくらいの猛烈な毒付き合いを交えたもので、まるでそこだけが別世界のように不気味なオーラを発していたらしい。
そんな出会いが始まりとなった彼らの第一印象は言うまでもなく互いに最悪。しかし完食し終えた後は妙な達成感と満足感を感じたらしい。加えて強気で負けず嫌いな性格や背格好が似ていたせいもあったのか、ここから似た者同士の微妙な友情が芽生えることとなった。
と言っても基本的に友人とは必要以上に深い付き合いをしないタイプの一と涼。ついつい憎まれ口を叩いてしまうところまでそっくりな二人は時折校内で偶然顔を合わせるくらいで、俗に言う親しい友達付き合いという雰囲気は全くない。しかも顔を合わせれば必ず毒付き合うというパターンなので、居合わせた者はまず間違いなく犬猿の仲と勘違いしてしまう。確かに言いかえればそう言えなくもない。
だが下手に馴れ合いにならないそういう付き合いが却ってこの二人の性分に合っているらしい。時々こうしてどちらからともなく連絡を取るというなんとも不可解な関係が続いているのだ。

―――もちろん、当人達は共にお互いを「友達」などという親しめる相手だとは未だに認めていないらしいけれど。


「ったく、苦学生気取ってたって俺は同情なんかしないぜっ。」
冷めた口調の涼の言葉に一も強気で言い返す。
「だーれもオメェなんかに同情してもらおうなんて思ってねェよッ」
人の事は言えた義理ではないが、相変わらずの涼の態度に思わずボヤく一。
「相変わらず口の減らねェヤローだな。人が珍しく買ってきてやったってのに…オラッ」
その声に涼がふと視線を向けると目の前に放り投げられたのは一本の缶コーヒー。パシリと音を立てて小気味良く缶を受け取るその様はサッカーで更に磨き上げた俊敏さの賜物か。
「おっ、気が利くじゃねーかっ。後でなんか企んでそうだけど、とりあえず貰っとくぜっ。」
意外な手土産にニヤりとしつつ、缶を持て遊ぶ涼。その感謝の欠片すら伺えないセリフが一の気に障ったらしい。
「……とことんスナオじゃねェな〜、オマエは。そういう時は『あ・り・が・とー』って言うんだよッッ!!」
そう言ったかと思うと一は突然涼の口をぐいぐいと両手でこじ開けにかかる。
「オラっ、言ってみろッ!!」
「あが、あぐ…ぐぁががが…」
予期せぬ行動に交わす間もなく無残に口を開かされ、情けない声を発しつつ抵抗する涼。自慢の瞬発力もおバカな勢いの前には役に立たないこともままあるようだ。
やっとのことでなんとか一の手を振り解いた涼は口元をぬぐいつつ答えた。
「ったく、そんなんで言えるかよっ!」
既に涼の性格は承知済みの一。素直に礼を言うとは思っていないが、思わず口からこぼれ出る一言。
「やだね〜、スナオになれねェヤツって…。」
もちろん人のことは言えた義理でないのは承知の上だ。

その言葉はしっかり耳に届いていた涼だが、敢えて聞こえなかったように視線を館内へ向けた。
「とりあえず中行っとこうぜっ」
言い終わるか終わらないうちにスタスタと歩き出す。どうやら既にチケットは購入済みらしい。後に残された一はその背中に声をかける。

「っておいおいっ…!……オレのは……?」
しかし金髪の若い男は振り向きもしなければ返事もしない。その態度で察した一、期待はしていなかったが思わずこう口走っていた。
「そっちから誘っといて自腹かいッッ…!!」
仕方なく、渋々窓口でチケットを購入して後を追う。涼は既にホールの扉前で待っていた。
「ったく、オマエってヤツはな〜〜……」
「何だよ遅ぇなっ。早くしねーと始まっちまうだろーがよっ」
呆れ顔でやってきた一に平然と言葉を返すと涼は何事もなかったように再び先に立って中へ入って行く。

平日のせいか殆ど客は入っておらず、文字通りのガラガラ状態のようだ。涼は中央の列のやや後方の見やすい席を選んだ。この映画館の売りの一つが、男性同士が隣り合って座っても窮屈さを感じさせない程ゆったりとしたシートの作りである。通路から一つ空けて奥のシートに座る涼の左隣に一が座る。スクリーンには次回作の宣伝が淡々と映し出されていた。
シートに腰をかけふっと落ちついた二人。一が先程途中で買って来た缶コーヒーを開けようとすると横から涼が口を開いた。

「今から見る映画だけどよっ、多分てめーは知らねーと思うぜっ。なんせマイナーすぎるからなっ。」
その言葉にやっぱりというような表情の一。こいつのことだ、待ち合わせが映画館前というだけでも奇妙なのに、この上二人で映画を見ようというのだ、間違い無くロクでもない内容に決まっている。薄々予想はしていたが、やはりそうだったかとまたもやため息をついた。
まぁどうしようもなくつまらなければ途中で席を立てばいいだけの話だ。今更そういうことを遠慮するような仲ではない。そんなことを考えている一の心中を知ってか知らずか、涼は更に言葉を続ける。

「結構この監督が作る作品が面白いんだよなっ。まっ、見てて飽きることはないと思うぜっ。
タイトルは…『学校7〜夢に散った漢達〜』だったな、確か」
以前他の作品を見たことでも思い出したのか、くっくっと笑いをこらえながら話す涼。だが対照的に一はそのタイトルに怪訝そうな表情を浮かべた。ハナっからマトモな映画をみるつもりなどないのだろうと思い、ロクにタイトルも確認しないままここまで来ていたのだ。
「なんだそりゃ……??学園オカルト物と任侠物の合体かァ?」
どうやら予想通りくだらなさそうな内容だと思ったのだろう。しかし涼はニヤニヤとしながらこう答えるだけだった。
「タイトル通りに事が進めば、の話だけどなっ」
その様子にますます重くなる一。と、タイミング良く映画が始まった。
ほぼ同時に開けたコーヒーの缶を口元へ持って行きながら画面に目を向ける二人。


と、二人の眼前に映し出されていたのは…


ベッドの上で全裸で激しく絡み合う男女の姿―――


一が即座に飲みかけのコーヒーを思いっきり吹き出したことは言うまでもない。


作者アトガキ◆◆◆
始まりました。おバカ毒舌コンビシリーズ♪最初から最後までマトモな内容ではありません。(笑)
いやだって登場人物がこのメンツだし…。無事に最後まで行けるのか…。(笑)
ともかく壬生一・鳴神涼の両PL公認でお送りいたします。ぁあやっぱバカだよな〜コイツら。(爆)



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